ノーバード・ショウナワー、三村浩史監訳
「世界のすまい6000年 1先都市時代の住居」、彰国社、1985年
数日かぎりの住居(Ephemeral or Transient Dwellings)
食物を求めて休みなしに移動を続ける原始的な狩猟採集民の生活

住まい:数日限りの使い捨て住居。簡素なシェルター(避難所)であり、小さく、付近で集められた材料で構成され、わずかの時間で建てられる。技術はいたって未熟でドアも間仕切りもない。(洞穴での定住は、周辺に豊富な食料があり、移動する必要のない場合に限られる。)
社会組織:複数の家族からなるバンド(band)。
人口密度:ほとんどコントロール不可能な食料供給力によって厳密に制限される。こうした生活様式を維持するには、普通の気候条件のもとでは、人口1人当り1,800〜13万haの土地が必要であると推定される。


ブッシュマンの住居

カラハリ砂漠の乾燥した荒地に住むブッシュマンの草小屋(grass skerm)は、数日限りの住居の原形として挙げられる。

ブッシュマンの小さな草葺きシェルターは、1〜2時間の内に女たちによって建てられ、数日後、集団が移動する際に捨てられる。まず草を山のように集め、木の枝をアーチ状に束ねて骨組みとし、その上に草を載せた後、回りを丈夫な綱で縛って完成。

ブッシュマンは戸外の火のそばで眠ることを好み、わずかな持ち物しか小屋の中に置かない。

クン・ブッシュマンは、狩猟と採集に頼る原始的生活を行なっており、25〜30人でバンドを形成。彼らの生活圏では一年の大半が食料不足であるため、常に移住し続けている。

彼らは自らのことを「無害な人々」と呼び、外来者を「危険な人々」と呼ぶ。ブッシュマンは滅多に戦わないし、彼らの唯一の武器ともいえる解毒剤すらない毒矢を互いに使ったりはしない。彼らは、自分達の中で抗争になるのを避けるために最大の努力を払う。共同生活に対する彼らの平和的な方法は、その下で生きなければならない稀薄な条件によって運命づけられており、食物や消費材を分かち合う方法の中に表されている。ブッシュマンがバンド内の他の人と、食物や水を分かち合うことを拒むなどということは考えられないことである。この緊密な協力がなければ、彼らはカラハリ砂漠でしばしば発生する飢饉や干ばつを生き抜くことはできない。争いへと導くねたみが起こらないように、乏しい物資を自由に分かち合うのである。

バンドのための複数のシェルターは、普通大きな木の下に作られる。この野営は、ワーフと呼ばれる。クン族は食物がたやすく入手できるところに小屋を建てるが、あたりの動物たちと干渉しないように、泉から1〜2km以上も離れている。小屋は普通決まった形もなく群がり、入口はあらゆる方向を向いている。しかし、祭儀の期間中、ワーフは円形配置となり、東側に入口があって花道へと続いている。

バンビュチ・ピグミーの住居

バンビュチは深く暗くじめじめして人を寄せつけないジャングルがどこまでも続くアフリカのイツリの森に住む狩猟採集民である。彼らはそのジャングルをウンドゥラと呼ぶ。それは、彼らには全世界を意味する語でもある。

ミツバチの巣の形をした小屋を建てるのは、女性たちの仕事である。彼女らはしゃがみ、先をとがらした若木を一定の半径で地面にしっかりと立つまで突き刺していく。まっすぐに伸びた若木が彼女を丸く取り囲むまでになると、立上がって頭の上の若木を上手に曲げ、小さな枝を編み込んで格子の骨組をつくる。その骨組に大きなハート形をしたモンゴンゴの葉で屋根を葺く。
キャンプ地はたいてい小川のほとりの森の開けたところにある。小屋は森の端に置かれ、配置は戸数によって異なるが、一つか二つの共同広場を形成するように並べられる。小屋の入口は様々な方向を向いているが、決して森の方は向いていない。もし、ある女性が近所の人に恨みを持っていたり、嫌いな人の小屋があるときには、自分の小屋の向きを変えるか、小屋全体を移動させてしまう。小さな共同体の中では小さな嫉妬は避けられないため、また、ほとんどの女性はしきりに自分の小屋を建て増ししていくため、キャンプ地のレイアウトは同じ土地に滞在している約1か月の間中変化し続ける。

アルンタの住居

オーストラリアの土着民であるアルンタ族の住居もまた、短時日限りの住居の例である。アルンタは中央オーストラリアの砂漠地帯に住み、狩猟採集生活をしている。1〜3家族でバンドをつくり、食物を求めて絶えず砂漠を移動する。
夜間は冷え込むことが多いが、就寝のための衣服や夜具を持っていないので、寒い夜には暖を取るために犬と一緒に寝る。アルンタ族は、寝るときに必要な犬の数で気温を知るのであり、1人当り3匹の犬というのが普通の寒さである。

T.セブリンが観察したように、水を求めることは砂漠の土着民が直面する最も厳しい課題である。水を得るためには、どの季節にどこへ行けば良いかという知識は、命にかかわる重要な遺産である。若者は広大な領域内で知られている水の利用できる場所をそらんじることによって成人と認められる。水脈が涸れるとアルンタ族は緊急用の水の供給源に頼る。含水性の樹木から水をとったり、水蛙を食べたり、水分の多い草木の葉を噛んだりする。もしすべての水の供給源がなくなったときには、静脈を切って自らの血を飲む。「そうまでしても、結局オーストラリアのひどい干ばつの真っ最中には、最も用心深い土着民でさえも乾きのために死ぬ」とセブリンは述べている。
枝を編んでドーム状の骨格にして、草や葉や葦などの入手できた材料で葺く。家具を持たない小屋の前や内部では小さな火が絶えず燃やされており、人々は暖を求めて火の近くに集まる。バンドの中の一人が死ぬとその小屋は焼却され、、わずかな身の回り品は廃棄される。そして他の者達は、新しいキャンプ地へ移動する。これは、死者の霊はお祓いが行なわれるまで埋葬地のそばにとどまると言い伝えられているからである。

数日限りの住居

先史時代の数日限りの住居の姿を性格に知ることは不可能だが、それらは、現在、地球上の各地で移動生活をしている原始的な狩猟採集民が用いている仮宿的住居と大差ないと思われる。というのは、彼らの生活様式は、旧石器時代の文化が今日まで生き残ったものだと考えられるからである。

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G.マードックは、コロンブスがアメリカに航海した15世紀末までには、原始的な狩猟採集民族に住まわれる地域は、全陸地の15%に減少していたと述べている。狩猟採集民はアメリカ大陸にはもはや存在しないが、アメリカ大陸発見時には、幾つかの狩猟採集社会があった。彼らの住居はブッシュマンの小屋に似ており、ドーム状か、アメリカインディアンの小屋のような円形の旧ごしらえの木造小屋であった。

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