W.カーティス著、沢村明他訳
「近代建築の系譜−1900年以降 上巻」、鹿島出版会、1990年
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第七章
第七章 キュビスムと新しい空間概念

「新しい建築は反立方体的である。すなわち、それは、様々な空間細胞を、一つの閉ざされた立方体の中にまとめようとするのではなく、機能的な空間細胞を中心から離し、外に向かって放射するのだ。かくして高さ、幅、奥行きそして時間は、開かれた空間における全く新しい造形的表現を目指す。こうして建築は多かれ少なかれ漂うような姿を纏う。それはいわば、自然の重力に逆らって働くのだ。」(T・ファン・ドゥースブルフ、1924年)

第一次世界大戦後の統合力となる要素…
近代的建築という考えそのもの
(歴
史と構造への合理主義アプローチ機械化に対する哲学的、視覚的関与。古典主義の確たる本質を抽出しようとする試み。誠実、統一、簡素への道徳的憧憬。)
しかしながら、
キュビスム抽象芸術の影響がなかったなら、20世紀の建築は全然違っていたであろう。

20世紀初頭に前衛芸術家と前衛建築家との間で分かち合われた関心

抽象という方策を通じての表現手段の純粋化
・視覚芸術作品において、根底を成す「構築的」秩序の強調は、単なる外面の再生産を超越した「より高尚な」、つまり
より精神的な意味合いへと繋がる。
・表現手段におけるパースペクティブ(遠近画法)といった伝統的方法の拒絶は、往々にして「原始」ないし「異国」の原点(アフリカの彫刻、日本の版画、オリエントの絨毯など)の再発見と繋がる。
・理論面のシナリオのもうひとつの特徴は、不断に打ち続く革新要求のなかで死んだ形態を捨て去ることがその使命である、と見られるアバンギャルドの思想そのもの。(奇妙なことに、永遠の偶像破壊へ向かう勢いは近い過去への軽蔑と繋がりながら、往々にして遥かな昔への漠然とした崇敬に結び付く。)

・それらはあたかも、「近代的」であるということは、各人がその芸術の基本へと回帰し、徹底的に再考すべきだと、要求しているかのようであった。
・更に、近代芸術家は、新しい文化の高僧かつ予言者として働くはずであった。

再び、歴史の進歩主義概念、ツァイトガイスト時代精神)への幅広い信念が見隠れし始める。近代芸術家たるもの、己が時代の内なる意味を目に見えるようにすべきだと思われている、という神話である(コルビュジェは自分自身を己が時代の本当の性質を顕わすものたらんと思っていた)

過去の諸様式は、少なくとも理論上は、抽象形態をその普遍な性質のなかで顕わにするという深遠な使命に対する障壁になった。
ヲそれはまるで、
真の近代様式とはすべての様式を終息させる様式であるかのようであり、また国々や因習を超える世界共通語のように内々で繋がり、精神の中心構造に根差していると思われているかのようであった。近代運動の、無装飾な白い幾何学を、また強迫観念的に繰り返される「本質」についての論争を、こうした超歴史的、汎文化的情熱から切り離して理解するのは不可能である。

○抽象という理想を成す上での、19世紀終わりの象徴主義理念と「感情移入」という考えから繋がるひとつの流れ。
・ 世紀の変わる頃には、音楽に匹敵する絵画や、線や輪郭、立体、色彩、調子による純粋表現といった無数の提案がなされていた。
→19世紀中葉の芸術が持っていた、物語性や道徳の強調に対する反動。    

Ex)ジオフレイ・スコット『ヒューマニズムの建築』、1914年
「じかに、すぐに知覚できる建築とは、マッスの、空間の、そして線の組み合わせなのである。」ー空間の視覚的な重々しさ、構造パターンによる触知感覚への直接の衝撃。

○キュビスムの建築形態への影響
パブロ・ピカソとジョルジュ・ブラック−対象事物をバラして抽象的事象と混合し、空間と形態とに新しい折り合いをつけさせ、立派な主観事象も下賤なそれも新しい結合体に。
→この視覚革命の効果を感じ取れるものが派生的に建築へと広がる。

○オランダの「デ・スティル」運動
1917年結成、画家や彫刻家、家具作家、建築家達が、抽象と直線を協調する新しい様式を広く分かち合い、信念によって緩やかに結ばれていた。

ピート・モンドリアン
 1907年という早い時期に既に樹木や自然情景を描いた絵画の中で抽象を志向。
1914年にはキュビスムの助けを得て、絵画表現を単純化し、垂直線と水平線の組み合わせを用いるところまで行き着く(しかし、依然として、観察される客観事象を参照していた)。

形態と色彩、リズムによる純粋表現、つまり情動と共鳴する視覚音楽が可能であろうと感じ始めるに従って、彼の絵画の要素は、それら自体の自律性を確立してゆく。

モンドリアンは、単なる見せかけを超越した更に高度な秩序という己が直覚に合う「思考形態」を探していた。

テオ・ファン・ドゥーズブルフヘリット・リートフェルトこそ、こうした幾何学抽象における三次元の意味を、一番はっきりと把握していた。

近代の建物を、その壁を塗って飾ろうというのではなく、抽象彫刻のように「芸術の総合作品」として、色彩と形態、相貫する板状要素の有機体として扱う。

1918〜20年には、モンドリアンとファン・ドゥースブルフの絵画は、黒と白、原色、そしてごく単純な直線幾何学の蒸留物となり、こうした資質のものを建築として機能する形に翻訳するのはごく簡単なことになっていた。
壁、床板、屋根、窓が、絵画の額縁と類似した形態性質を持ちうるのである。

1913年、ドゥースブルフは、それまでのデ・スティルの実験の成果による、住宅のための模型と図表の驚くべきセットをつくり出した。

そこに出来上がった秩序は、ボザ−ル流古典主義の軸線にそった図式の完璧な破壊。
単純な対称性の代わりに、力動感溢れる非対称なバランス
塊のなかをくり抜いていた空間にとって変わったのは、形態と空間の張り詰めた相互連携である。
閉じた形態にとって変わって、色塗られた板がダイナミックに周辺環境へと伸びてゆくのだ。

この斬新な「空間概念」の達成は、モンドリアンの絵画思想を三次元に広げたというより以上のものである。
※しかしこれは、ライトの建築思想がヨーロッパのアバンギャルドたちに吸収されたことをも反映している。
デ・スティルによるライト観は、奇妙に歪められながらも(都市郊外や自然主義についてライトが抱いていた心象を無視し、
浮かび上がり相貫する平面という表現言語と空間特質にばかり専心。それらを彼らは本来の社会背景から切り離したところで知覚していた)豊穣なものであり、その形態を彼らは、機械文明の進歩を象徴化するものと信じていた。

デ・スティル」=「様式」
目標は、19世紀折衷主義というまがい物の歴史の残り滓から解放され、
同時代の現実に適した形態表現手法を作り上げること。
ライトとモンドリアンの影響は、単純な幾何学形態や直線グリッド、相貫する平面が共有された様式の一部となるような表現手法を育んだ。

このスタイルこそが、絵画から飾り文字や彫刻、家具デザイン、建築にまで何にでも適応できるように思われた。

このスタイルこそが時代に最も真正であると主張され、
清廉な道徳とユートピアへの感傷がかぶせられた。

デ・スティルの声明書
「機械はすぐれて精神鍛練の一現象である。生活や芸術の物質偏重主義はその直接的・心理的な表現として手工芸を取り上げた。二十世紀の新しい精神による芸術感性は、単に機械の美を感じるだけではなく、芸術における機械の無限な表現可能性をも認識している。
物質偏重主義優位の下では、手工芸は人間を機械のレベルにまで落としてしまう。文化的発展という意味で、機械に対する本来の傾向は、それとはまったく正反対の、社会解放のための独特な手段であるのだ。」(バンハム、『第一機械時代の理論とデザイン』)

モンドリアンの絵画とライトの建築からデ・スティルに至る価値観
しがらみ合う単純な形態と輪郭とが有無を言わせぬ統一体に溶け込んでいるという形態。計算された非対称と、息吹きある対比を見せる浮かび上がった平面。

後に建築へと導入された空間概念が、当初しばしば現れたのは絵画や彫刻、建築のスケッチなどの、技術的問題を避けられるものであった。

リートフェルトの「赤と青の椅子」…初期において中枢となった作品

直線構成抽象絵画に三次元で匹敵する働きを見い出すべくつくられる。
機械芸術のプロトタイプとしての象徴となるべき重要性を持つこと。  
 規格化された物体という性質を持つこと。

「必要なのは数量と標準、清潔さと秩序、規格化と反復、完璧さと高度な仕上げ」

この椅子の縦棒と横木は、どの要素も他から独立して浮かんでいると示すように、また部品すべてが、触知できる
連続空間に浮かんでいるとほのめかすように細部取られている。
モンドリアン絵画の「無限に伸びる」線のある空間に対し、三次元で匹敵するものとして考えられたと思われる。

非常に画期的な空間概念、二十世紀にとって真なるもののひとつ
「目に映る非物質性、ほとんど
浮かんでいる存在」

 この理想が、建築において、片持ちで張り出すコンクリート構造や、工業生産ガラスの、揺らめいて透過する効果といった可能性と、特にしっかりと結合することになる。

シュレーダー邸(リートフェルト作、1923〜4年)
・デ・スティルの形態、空間、象徴といった諸努力の全範囲をはじめて具現した建物。
・四角く平滑な形、支柱のまばゆい原色によって、暗い煉瓦の町並みの中でドラマチックに目立つ。
交差し合う平面壁から形作られ、その壁面細部の作られようは、あるものは空間に浮かんでいるかのようであり、そして他のものは水平に伸び出し、更に他のものがボリュームを薄く見せるべく加わっている。

そこには単一軸も単純な対称性も無い。そうではなくて、部分部分が他に対して繊細な、ダイナミックに対称を崩した関係に置かれている。

・平面は、窓の桟やバルコニーの手すり、方立といった細い線によって分節されている。それらの線は、黒、青、赤、黄に塗られ、灰色と白に塗られた壁面に対してくっきりと自己主張している。

要素が独立して表現されている手法、空間の中で孤立して立つように作られている方法

・金属製の細い支柱の幾つかは、実際のところ付属品であり、こうしたディテールが、この建物のすべての部分が重さを持っていないような感覚を与える。

空間の虚と実は、積極的な要素としてこの構成へと統合されている

・インテリアも同様の美学テーマを継承。照明機具やガラス張りの階段といったディテールは、建物全体のスタイルやプロポーションと合一されている。

・二階にはバルコニー付きの仕事・就寝空間、そして居間があるものの、間仕切りは可動で全く自由に間取れる。
施主のシュレーダー夫人自身、主唱者として、三人の子供のために因習に縛られぬ環境を欲し、又それが彼女自身の芸術活動の場を与えてくれるはずだった。二階の「フリープラン」という解放性や工夫をこらした作り付け家具の幾つかを思い付いたのは彼女であろう。

リートフェルトはその設計過程を、ボール紙と木の組み立て模型を使うことで、施主と密に仕事をした。この作業方法の利点はまず、小から大に及ぶアプローチに一貫性が許されることである。
この建物の規模は小さく、かなりの注意が、棚、階段、窓枠、方立といった細部に払われている。内外のディテールはそれら自体が全体の「ミニチュア」のようなもので、根本となる形態の息吹を表すべく形作られた。あたかも全体が、デ・スティル家具の複雑な拡大版であるかのようである。シュレーダー邸は「芸術の総合作品」であって、建具や備品も全体形態も同一理念の一貫した表現であり、その内には、絵画、彫刻、建築そして実用芸術が全て溶け込んでいる。

シュレーダー邸は細心に注意深い手工芸や大工仕事、そしてひらめきによる実験と失敗を通して建てられた。一方、その象徴面でのメッセージは、来るべき機械化の精神解放によって作られる新しい生活方法に結び付いていた。

シュレーダー邸のきびきびと華麗に割り付けられた形や部屋部屋が、もし単に見てくれだけのものであったなら、後代まで伝わるような力強さはなかったであろう。
事実は、
論理ある内容と超越的な社会理想を世界へ向かって宣言しているのだ。「良い生活」の一案を具現化しているのであり、このことが形態アレンジに特別な力を付け加えている
建築とはけだし芸術であり、実用機能を共用するための手段であるのと同時に、理念と感情を明確に表現するための言葉でもあるのだ。

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