W.カーティス著、沢村明他訳
「近代建築の系譜−1900年以降 上巻」、鹿島出版会、1990年
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第五章
第五章 機械化への反応−ドイツ工作連盟と未来派

ア−ツ・アンド・クラフツ運動にはのっけから、工業化によって混沌とした状況になる前にあったという
想像上の、統合された社会へのノスタルジアと保守的な感傷とが染み込んでいた。
しかし、それとは対照的に、第一次大戦に先立つ十年のドイツとイタリアでは、哲学的、詩的、そして究極には形態上の態度に、機械化をほめそやす見解が見出せるようなものが出現していた。

ドイツの状況
英仏より遅れて産業革命が起こり、
芸術家と産業との理想的関係について山ほどの議論がなされた。それらの議論における見解は大きく四つの連なりに分けられる。
@質の良さは手工芸への専念を通してのみ達成される
A建築における本当の形態は、表現したいという熱情を感じられるものからのみ起こりうる(芸術的発明の役割についての高度に個人主義的な考え、表現主義的傾向)
B最良の形態は建物の諸問題を解決する新しい材料を直接かつ論理的に用いることから現れる(唯物主義的、地に足がついた主張)
C機能主義者を野蛮とし、表現主義者を天才崇拝という見当違いの時代遅れと見なし、そして工芸職人については、大量生産のためのものをデザインするという課題へ立ち向かわない限り消えゆく運命にある、とする考え。

Cより
かくして、機械化された新しい、そしていわばドイツ文明の「お手本となる形態」を設計することが芸術家・建築家の仕事となる。
芸術家は、形態発明と工業規格化との調停者、個人様式と時代精神に相応しい形態との仲裁人、同時代世界の感覚と古来の芸術原理への依存との仲立ち

工業デザイン、建築部材、都市構造の要素


1907年:ドイツ工作連盟創立
    ・
芸術家と工業界との緊密な関係を目指す。
    ・工業における形態の役割、国民の精神生活への深い探究。

ヘルマン・ムテ−ジウス−ドイツ工作連盟創立者
「物質的なものより遥か高位に精神的なものはある。形態は、機能や材料そして技術よりも遥かに高くそびえている。これら三側面が申し分なく扱われようとも、もし形態なくば、我々は依然、単なる野蛮な世界を生きていることだろう。こうして我々の眼前には目標が残っている。非常に大きく、とても重要な職務が。
形態への理解を再び覚醒せしめ、構築的な感性を復活させるのだ。」(1911年、ドイツ工作連盟大会における演説)

ムテージウスが英国のA&Kから受け継いだこと
デザインが持つ人間生活への影響力(生活において道徳が進歩するのは良いデザインの物々からの刺激を通してなのだ)。
素材の天性を表現することが誠実であるという感覚。
誤った復興主義を不誠実と見る強迫観念。
機能を品位あるべく具現する感情

ドイツ理想主義に由来する哲学と機械のためのデザインという理想の
合いの子

形態への意志」が深刻な国家の病弊と一緒になって、普遍の必然たる純正様式の形態を現出するであろう。
うたかたなるものが建築の最も内なる本質と相容れないことは自明である。建築固有の資質、恒久性静止性耐久性、そしてその何千年にわたる表現の伝統は、人類の歴史において何が永遠なのかを表してきたのだ。すべての芸術の中で、建築は最も典型へ向かいやすく、そのことによってのみ、目的を本当に満たしうるのだ。たった一つの目標へと堅実に艱難辛苦することによってのみ、過去の偉業の中に賞賛できる誤りのない確かな手触りと質を取り戻せるであろう。その偉大な過去においては、単一なる目的が年輪の中で受け継がれていたのだ。」

ペーター・ベーレンス−ムテージウスの熱意の直接の例証と言える
「有用なるものと適切なるものに存する物理的な快楽」、その二つの新しい統合が必要である。
工業の使命はその時代の文化の根本的なものと見なされるべきである。

工場は従来より遥かに偉大な意義を持つ、施主も印象的で文化的に見える威風堂々とした作風を望んでいる。

彼の手になる工場や倉庫の多くは、抽象化された古典表現と率直な構造骨組みとの巧妙な
融合品
・ベルリンのタービン工場(1908年)
工業的な礼拝に献ぜられた寺院といった性格。堂々とした高貴でさえあるような性質が総体としてあり、視覚的な軽さと量感との効果が巧みに、全体のラインを協調すべく組み上げられている。

※1914年:ドイツ工作連盟大会における論争−真の近代様式はどうあるべきか。
 アンリ・ヴァン・デ・ヴェルデ(アール・ヌ−ヴォ−をルーツとする表現主義手法、個人主義見解)VSムテージウス(「規格化」哲学、アンチ個人主義)

ヲベーレンスの事務所は1920年代の、かの極めて創造的な局面に貢献    
主なメンバー:ル・コルビュジェ、ミース・ファン・デル・ローエ、ヴァルター・グロピウス、この三人は1910年の短い間机を並べた。

ヴァルター・グロピウス−ファグス製靴工場
あらゆるものが量塊感というよりむしろ、
無重量感と透過感覚を与えるべく協調。壁面の支柱は奥まり、ガラス面は透き通った肌として浮かび上がる。窓枠やレンガの矩型、そしてジョイントが主たるプロポーションを補強。

そのイメージは機械化という理念に対する象徴的な反応を成功裏の内に具現

*この「工場美学」の形成は、十年後にあまねく広がった機械様式に影響する。
グロピウスとアドルフ・マイヤー、ケルン展覧会の工作連盟パビリオンを設計(1914年)。
背面へ続くガラス張り、内部の螺旋階段を見せる透き通った流線形の階段塔は巧妙な発明であり、それらが形作っているのは、無重量感と空間感覚、きびきびと規律のとれた機械装置のオーラ、洗練された威厳ある工業的コントロールの雰囲気である。

cf)ブルーノ・タウト−ライプツィッヒ博での鉄骨の産業館(1913年)
ケルンのガラスのパビリオン(1914年)

タウト作品は、グロピウスよりもドイツ工作連盟の「表現主義者」一派に深いつながりを持ち、神秘的な精神が漲り、ベーレンスやムテージウスといった人物の工業規格化や規範的解決への信念、抑制と謹厳とは、幾らか食い違う。
ケルンのパビリオンは、様々な色ガラスを張り合わせたドームが高い台座に乗り、堂々たる階段によって導かれる。様々な色のかけらがガラスブロックの登り階段と細い鉄骨の肌に反射し、内部をまだらに染め、レンズのうつろいが抑揚をつけている。すべてが工芸品であり、その雰囲気の幾分かは丹誠込めて細工されたアール・ヌ−ヴォーの食器類から感じるようなそれであった。しかし、世紀末的資質はユートピアンの前向きの情熱に追いこされていたのである。

ヲグロピウスとタウトはそれぞれの方法で、供に
工業化を賞賛しようとし、その詩的可能性を明らかにし、その純正な進歩的文化ポテンシャルを示唆しようとしていた。
しかしながらグロピウスの見解と表現こそ継承されていく提言であった。

新しい工業建築秩序の視覚的特徴には直線構成と透明さとが相応しいのだ

抽象芸術の空間的・形態的な発明と、未来派の詩人のような態度を触媒として、グロピウスの断片的な提議は二十年代に成熟する様式として凝結する。


未来派

1902年:フィリッポ・トマソ・マリネッティ「未来派宣言」
文化における伝統主義を激しく攻撃。新しい工業環境によって解き放たれた詩的感覚と現代の力に培われた表現を擁護。革命の変化やスピード、あらゆるダイナミズム(力動)を好み、機械を積極的に褒めそやす。
「我々は宣言する。世界の輝きは新しい美、スピードの美によって豊かにされてきた。レーシングカーのボンネットをはう排気パイプは、火を吐く蛇のようだ。吠えるレーシングカーは、機関銃のような轟音をたて、翼持つサモトラケのニケ像よりも美しい。」

・建築界での運動としては、1914年:未来派建築宣言および建築家アントニオ・サンテリアによるドローイング。
「未来派建築」というものはなく、存在したのは課題に対する未来派の宣言といったものである。
『メサ−ジオ』−『新都市(ラ・チッタ・ヌーヴァ)』ドローイング(1914年)の前座
・この理論建築は現代の諸々の力の直接表現として、近代都市の土地から切り離される反自然傾向へのダイナミックな賞賛として構想された。
→「このような建築は、いかなる歴史の連続性法則にも従属しない。我々の新しい精神状態のように、新しくあらねばならない。近代生活では継続してきた様式進化の過程も停止に至っている。伝統に疲弊していた建築は、ここに再び、新たに力強く始まるのだ。」
・新しい素材と建築手段に適した形態を見つけること。
→「材料の応力計算、鉄筋コンクリートや鉄の使用は、古典伝統的感覚で理解された「建築」を閉め出す。近代構造材と我々の科学概念とは歴史様式の法則と全く相容れないし、これこそ、当世風の構築物がグロテスクに見える主要因であって、そこで目にするのは、華奢な鉄筋コンクリートによる梁の軽やかさと誇るべき細さが、大理石の堅固さやアーチの重い架構とを真似るべくねじ曲げられているからである。」…否定的な定義

新しい建物は表現上もっとオープンに軽く明るくあるべき(それ以上の厳密な形態については含まれず)
この時代の新しい表現様式について(『メサ−ジオ』末尾より)
「我々は近代都市を開発し再建しなければならない。それは巨大な騒々しい造船所にも似て、どの部分も
素早く、動きやすく、どこもダイナミックでなければならない。近代の建物は巨大な機械のように。エレベーターはもはや階段の裏の縦穴に芋虫のように隠れる必要はない。階段はもはや無用だ。消え去るべきである。そしてエレベーターは、鉄とガラスの蛇のように、うねうねと昇っていかねばならない。コンクリートとガラスと鉄の住宅は、曲がりくねった装飾や色塗られた飾りなど抜きに、ただその持ち前の線とかたどりの美によってのみ豊かありその機械のような単純さによって、著しく無機質で深淵からの騒々しい怒号、すなわち街路の上にそびえるべきである。その街路の方も、もはや守衛の前のドアマットみたいに横たわるのではなく、何層にも積み重なって大地深くへ貫入する。そして、各階はメトロポリスの交通を一手に引き受け、金属製の歩道橋や高速エスカレーターへと必要な輸送を結び付けるのだ。
 こうしたことから主張する。
装飾は消え去らねばならぬ。近代建築の課題は、中国やペルシャ、日本の写真に頼って解決されるものではないし、ウィトルウィウスの規則によって解かれるのでもない。それはむしろ、独創的な着想によって、あるいはただ科学的、技術的文化によって解決される。ありとあらゆるものは革命されるべきである。我々は、屋根を開拓し、基礎から下も使わねばならない。ファサードの価値を切り下げよう。審美眼を、ちんけな刳型や柱頭、たいしたことない列柱廊といった領域を越えて、堂々たるスケールでのマッスの組み合わせといった広い世界へ向けよう。新しい建築は、冷徹なる計算の建築である。大胆で単純。鉄筋コンクリート、鉄、ガラス、繊維、そうした木材や石、レンガに取って変わる全ての建築、最高の柔軟度と軽快さ明るさを可能にするのだ。」

ヲ未来派もドイツ建築家と同じく、
純粋形態と直線こそ機械化の適した感覚のものだと考えていた。
「直線は生き生きと胸騒ぎさせるだろう。我々の素材の表現上の必然性全てに貢献するだろう。その基本にある厳しさが、近代機械装置の輪郭の金属の冷厳さのシンボルとなるだろう。」(未来派彫刻宣言)


ヲ近代建築史の流れにおける未来派の重要性
・進歩主義的態度と反伝統的立場、抽象形態を目指す傾向、近代材料への賞賛と機械との類似性への没頭。
・未来派のダイナミックでアナーキーな価値観と、ドイツ工作連盟の謹厳実直な組織的思想との違いは明白であるが、
どちらも、その時代の精神が機械化の展開と結びついているという考えと、真の近代建築はこのことをその機能や建設手段、美学、象徴形態の中で考慮しなければならない、という思いは同じであった。
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