ノーバード・ショウナワー、三村浩史監訳
「世界のすまい6000年 2東洋の都市住居」、彰国社、1985年
インダスとインド
ジャイサルメル1156年に造られた城塞都市。都市の形は不規則な多角形をしており、内側にもう一つの要塞壁に囲まれた丘がある。この都市のなかの都市は三角形をしており、多くの一般住宅と王の宮殿がある。低い方の都市から高い方の都市へは1本の曲がりくねった道が通じており、これが唯一の入口となっている。どちらの都市も通りは狭く、間口が狭く奥行きの長い宅地に多層の建物が建てられている(気候や防衛上の理由から砂漠で発達する一般的な都市形態)。上の都市の道路は不規則であるのに対し、下の都市では格子状の部分が多い。しかし道路の幅が絶えず変化しているため、正確な格子ではない。更に、交差点で幅が広くなることも多く、絵画的で魅力ある街路景観をつくりだしている。
上の都市の道路は不規則であるのに対し、下の都市では格子状の部分が多い。しかし道路の幅が絶えず変化しているため、正確な格子ではない。更に、交差点で幅が広くなることも多く、絵画的で魅力ある街路景観をつくりだしている。
ジャイサルメルの典型的な都市住居は両側面と裏側が隣の住居に接している。プライバシーを守るため、1階は入口ドアを除くと道路側にほとんど開口部をもたない。道路に面した入口には、1〜2段高くなったポーチがあり、ドアのすぐ内側にはプライバシーを守るための壁があって、直接内部が覗かれないようになっている。玄関ホールはモダと呼ばれる広い部屋で、中庭に通じる通路であるとともに、居室の役目もしている。部屋は、二三のサービス用の部屋を除いて、多目的に使用された。時間や季節によって異なる利用がなされており、中庭、テラス、バルコニー、回廊といったオープンスペースでは特にこの傾向が強い。例えば、中庭では、朝遅く台所仕事が、午後には他の家事や雑事が行なわれる。また夏の間は涼しい夜空の下のベッドとなっていた2階テラスが、冬には料理をつくる場所となることも普通である。
↑ジャイサルメルの都市住居の規模は、貧富の差によってかなり異なっているものの、貧者と富者が居住地を分けることはなく隣り合って住んでいた。最も小さい住居は間口方向が二つの柱間からなり、中庭の幅は間口の半分。間口と奥行きが増すにつれて住宅は豪華になり、奥行きがある長さ以上になると換気と採光のために二つの中庭が造られる。こういう家では、家の前半分は公的で半私的な部分として、そして後部は私的な領域として使われる。通りの横断面を見ると、住居の入口と道路の間のユニークな関係が分かる。玄関に通じる階段の横が高くなっており、ここは男性にとっての家の延長であり、狭くて賑やかな街路で行なわれる各種の活動に参加するための場所となる。
女性はザロクハスと呼ばれる目隠しのある出窓から人に見られることなく街路を見下ろすことができる。同時に、ひさし(チャヤス)やバルコニーと共に建物の前面を豊かに飾り、通りに心地よい影を与えている。

ほとんどの住居はこの地方に産出する黄色い砂岩でできており、石工がつくる標準的な部材を利用。そのため、柱、腕木、バルコニー、ザロクハス、チャヤスは街全体でよく似ている。建物の広さや高さはまちまちでも、同じ材料や部材を使うことで統一がとれ、結果として多様性と統一性とが上手く調和している。

ジャイプル18世紀の初めに、ジャイ シング2世がラジャスタン地方の首都として建設。周りを8つの門をもつ高さ6mの城壁に囲まれ、幅33.3mの大通りによって6ブロックに分けられている。ほとんどの建物がピンクに塗られているので、ピンクシティとも呼ばれている。
住居はジャイサルメルのものに似通っており、中庭をもつ、連続で多層の石造タウンハウスとなっている。住
居の規模の大小にかかわらず、中庭は日射を遮るために適正な規模を決して越えない
ウダイプル:都市景観や都市形態はジャイサルメルやジャイプルに似ており、住居についても同様である。建物は主に砂岩でつくられ、ジャイサルメルのように彫刻を施された部材から成る。石の壁は白く塗って仕上げられ、彫刻的なファサードの陰影を強調すると同時に、壁の熱吸収を和らげている。
アーマダバード:1411年にイスラムのサルタン、アフマッド シャーによって建設された要塞都市。
後にモンゴル帝国に占領され、将官や兵士がめいめいの家族を伴って都市の出入り口付近に住むというモンゴルの習慣が、それぞれのまとまりをもった
準自治区から成る細胞状の都市構造をもたらした。それらの区はさらに特定のギルドやカースト、宗教グループが住むプラという単位に分けられる。プラはそれぞれポルというメインストリートをもち、そこから小さな袋小路や路地が枝別れしていた。ポルの両端の門は夜になると閂が掛けられ、外から入ることはできなかった。
また、プラには一つずつチョウクという
道路の幅を広くした程度の四角い小広場があって、この共同社会の公共活動が行なわれた
更に、プラにはたいてい、井戸とバディスというコミュニティ広場があり、祭りやカーストの集まり、宗教上の審問などが行なわれた。
公の通告やニュースは門のそばの掲示板に示された。
この都市は同質の人々が居住する共同体に分割されるが、それは
所得水準とは無関係で、金持ちも貧しい人もギルドやカースト仲間と一緒に隣り合って住んでいた。
↑間口6m×奥行き14m。両側と後ろの壁は隣の住居と共有。荷重を負担する壁にはれんがを、床と屋根には木材を使用。
アーマダバードの住居の
中庭は、気候条件に従い、ウダイプルのものより小さくなっている。狭く奥深い中庭は1階レベルではほとんど日射を受けず快適で、住宅内の作業の大半が行なわれた。
1階の間取りは開放的で、入口ホール、中庭、日陰のベランダ(パルサル)、上階に通じる階段と、パルサルに接した台所、食料や家事道具をしまう納戸がある。
2階には
通りを見下ろす目隠し付きの出窓を持つ居間と、奥には中庭から採光する居間および納戸がある。
アーマダバードの住居の重要な要素として、玄関ポーチ(これもパルサルと呼ばれる)やオタと呼ばれる玄関の高くなった部分があり、
家族の私的領域と公道とを結ぶ半公的な場所となっている。
現代インドの住居中庭のある住居は、インド大陸に土着の都市住居である。
インドの多くの家は、
家具のほとんどない多目的な内部空間をもっている。そこにあるのは、座るためのマット、寝るためのふとん、物入れとしてのタンス程度である。
大通りやバザールに面している家は1階に店を構え、昼間は通りに向って店を開けているが、店の奥や2階はプライバシーが守られ、家はあくまで過程の私的生活を守る
シェルターとなっている。なお、これは都市生活の一つの面に過ぎず、街路で繰り広げられる近隣社会のストリートライフというべきものもまた、インドの家庭生活の重要な側面である。
西洋的見地から表面的に見れば、東洋の都市の住居地区は渾沌として見える。しかし実際は、現代の西洋の都市に見られる単純な秩序に比べて、より洗練された独特の秩序をもっている。東洋の住居地区には、経済的な意味でのゲットーが存在するという見方もまた表面的である。実際には、同一レベルの所得層が集まって住む地域は、伝統的には存在していなかった。そのような差別が行なわれだしたのは近年になってからのことである。

住居、入口と道路の接点であるパルサルやオタ、路地、小さな広場のある通りのポルそして大通り。これらは段階的な秩序を現しており、また、子供達が彼らの世界を探検するのに格好の住環境の連続した広がりを示している。この秩序によって矛盾した土地利用が避けられ、代わりに漸次的な変移がもたらされる。もちろん、私的、準私的、準公的、公的という空間の連続だけで、東洋の住居地域のもつ本質的な価値を十分に表すことはできない。

一般に、インド大陸の伝統的都市は近隣地区から成る細胞状の構造をもっている。その単位は、オールドデリーではモハラ、アーマダバードではプラと呼ばれている。モハラやプラは同質な人々から成る居住地である。近年では、社会的な流動性が高まり、居住者の同質性は多少薄れてきているが、それでもこれらの地域は今もなお、はっきりした社会階層をもっている。モハラは、それ自身で商店街、モスクまたは寺院、学校をもつことができる。またモハラは議会を通じて孤児の世話をする。宗教的な祭りの期間とモハラで作られた工芸品のバザールのときは、こうした社会的単位を超えた共同の取り組みがなされる。

古代都市と同じように、骨格となる通りがモハラを大通りや商店街につないでおり、その出入り口にはがついていることが多い。こうした門の多くは、現在は使われておらず、特に大都市でそうである。しかしなかには、今なお維持されており、決められた時刻になると閉じられる門もある。モハラの居住者の富を誇示せぬよう、出入り口は一般に飾られてはいない。モハラの出入り口にある門や詰め所は防衛のためのものであり、モハラは過去において大きな防衛都市における単位要塞となった。そして同時に、住人を全体として結束力のある一つの社会的単位に統一していく役目を担ったのである。モハラにおいて、小さい広場であるチョウクは重要な外部空間であり、ここを一日を通じて様々なグループが利用する。例えば、朝は女性たちの洗濯の場、昼は子供達の遊び場、そして夜は大人たちのくだけた集まりの場として使われる。家族に家があるのと同じように、コミュニティに対してモハラがある、と考えることができよう。

現在、インドでは西洋からの影響により、時代を超越したコンパクトな住環境の形成方法や伝統的な価値が脅かされつつある。

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